ヴァイオレット・エヴァーガーデン 上巻

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』
シリーズ刊行10周年記念企画

エピソード無料公開 第2弾

公開期間:228日~328

  • 著者:暁 佳奈
  • イラスト:高瀬亜貴子

 

「学者と自動手記人形オート・メモリーズ・ドール

 

 

 

 

 その人は幼い自分には世界そのもので。

 まさかいなくなってしまうなど、考えもつかなかった。

 最初からいない者ならばまだしも、生まれ落ちてから物心つくまで側にいた絶対的な庇護者。

 泣いていれば見つけ出してくれるし良いことをしたら褒めてくれる。

 手を伸ばせば、抱きしめてさえくれる。全てにおいて自分より秀でていて大きな存在。

 親というのはそういうものだと思っていた。

 手を引いてくれ。そうじゃないと歩けない。

 見ていてくれ。貴方に認識して貰えないと生きていけない。

 何処にも行かないでくれ。その義務が貴方には在る。 

 そんな人を抜けにするのは魔性で。

 あまつさえ日常から奪い去るのならば裁かれるべき咎人とがびと

 それはいうなれば自分の世界を壊す悪であり。堕落させる感情は罪そのもの。

 いつまで経っても、帰ってくる音がしない扉を見つめるのを止めてから。

 この崩壊をもたらした全てのものを憎悪した。惑わされない。きっとそれは平気で嘘を吐く。

 信用しない。絶対的に相容あいいれない他人。

 けして堕ちたりしない。それは扉を見つめて泣いた自分への冒涜だ。

 

 

 

 

 自分はきっとそれが許される人間だと。

 思っていた。

 

 

 

 

 天文の都として名高いユースティティア。なだらかな傾斜を持つ山脈にその街はある。

 標高千五百メートル程の位置に築かれた街に住む人々は、あまねく夜空の星々に入られている観測人だ。山を切り崩して作られたユースティティア天文台を中心に街が構成され、石造りの家や建物が密集して並ぶ。広大な大地の中にぽつんと置かれた街へたどり着くには麓まで路線が引かれた汽車で移動し、その後は錆びついた音を立てて上昇するロープウェイに乗るしか手立てがない。周囲数百キロメートルにはネオンを煌めかせる大都会などは存在せず、空は人工の光にその色を曇らせることなくあるがままの漆黒のヴェールで世界を覆う。

 天体観測に優れているので天文の都と呼ばれている一面もあるが、かの街の特色は何よりも世界有数の天文研究機関の本拠地であることが言えよう。

 機関の名前はシャヘル。一代で莫大な総資産を手に入れた海運王の名が冠せられている。故人であるシャヘルの趣味で作られた各地の天文台がその後も彼の家族グループから援助を受け続け、今現在も存在している形だ。シャヘルの天文研究機関の事業は様々である。新星の発見、天文学の研究、天体望遠鏡の製造もしている。

 さて、ではユースティティアのシャヘル本拠地では何をしているのかというと。

 世界中から集められたあらゆる星に関する古書の管理を行っている。

 天文台と併設して建築された本拠地には活字中毒者ならばその光景を見ただけでよだれを垂らして卒倒してしまいそうな大図書館が存在する。もちろん、集められた本はすべて星やそれにまつわる神話などに限るのだが。それでも見る者を圧倒する書籍量を保有している。

 吹き抜けの室内にはどこまでも続く黒のアイアンの螺旋階段が各階の橋渡しの役割をこなし、最上階の天井には降りゆく星をイメージしてオーダーメードされた金色のシャンデリア。壁一面に打ちつけられた本棚には少しの隙間も無く本が詰め込まれている。机や椅子も多く点在するが長椅子の数の方が多い。布張りの豪奢な物から猫足の可愛らしい物まで、一つ一つ形も材質も違う長椅子が調べ物をする人々の支えとなっている。

 ここで働く者の仕事は多岐にわたっており、分類整理、閲覧者の対応、外部への文献収集、古文書の解読、等などがある。その中で最も地味な仕事と言えるのが、朽ちる寸前の古書を保存する写本課だろう。

 名前の通り、既存の本を手書きなりタイプライターなりで複製を作る部署だ。日々地道に気が遠くなりそうな程の量の写本制作に追われる彼らだったが今現在ちょっとした危機にひんしていた。文献収集課がとある名家の蔵から買い取ってきた多量の天文学書。あまりの数の多さも問題ではあったが、それよりもその保存状態に頭を悩ませていた。

 かろうじて文字は読めなくも無いが、ページをめくれば破れる物ばかり。

 安易に本を開くことすら出来ない。おまけに写本課の人数は総勢で八十名。休みなく三百六十五日、写本を続けたとしても持ち込まれた本は終わり切る量では無い。本の保存状態をかんがみても、早急に一斉写本をすることが求められた。

 そこで彼らは初めて自分たちとは違う専門分野の人間と接する機会を持つことになる。

 自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)。

 書き記すことには天下一品の仕事をする者達である。

 

 不穏に揺れるロープウェイ。開かれた扉から幾人もの着飾った女性たちがどっと溢れて降り立つ。年齢は様々だ。老眼鏡をかけた淑女から十代前半とおぼしき少女まで。着ている衣服も洋服から東洋の物まで。肌の色も目の色も違う。特筆すべきは全て女性であるということ。彼女達は世界有数の大企業シャヘルから依頼された代筆屋という共通点がある。

 たった今到着したロープウェイから、ココアブラウンの編み上げブーツを覗かせて最後に降り立つ者がいた。

 胸元につけたエメラルドグリーンのブローチの色もかすませる輝く金糸の髪と幻想的な青の瞳を持つ女だ。

 頭に飾られたダークレッドのリボンは滑らかな光沢を放ち、スノーホワイトのリボンタイワンピース・ドレスは計算された淑女の奥ゆかしさを演出している。プルシアンブルーのジャケットは彼女の落ち着いた雰囲気と品良く寄り添い乳白色の肌に映えている。

 両手に持っていた水色に白のストライプ柄のフリル傘とトロリーバッグを握り直すとうつむき加減だった顔を上げた。まごうことなき美女である。

 それも容易に声をかけることすら出来ない敷居の高い美しさ。同じロープウェイに乗っていた着物姿の東洋の自動手記人形オート・メモリーズ・ドールはマイクロミニワンピースの赤毛の同業者に囁いた。

「ああいうのが、うちの国では立てば芍薬しゃくやく座れば牡丹ぼたん歩く姿は百合の花って例えるのよ」

 街に降り立ったどの女性よりも飛び抜けて咲き誇る一輪の花。彼女は他の者のように同業者同士で仲良く喋ることもなく、一人でさくさくと石畳の道を踏みしめ目的地へと歩き出した。

 

「リオン、おい見てみろよ。古今東西の女の子がこっちに向かってくるぜ」

 

 シャヘル本拠地の一室から小型の望遠鏡で街を覗く若者がいた。

 まだ出勤前なのか、だらしなく開襟かいきんしたシャツにズボン姿。寝台横の窓から嬉々として外を眺めている。

 話しかけられた青年、リオンは同室の同僚にしかめっ面を返す。

「……そろそろ着替えたらどうだ。もうすぐ代筆屋とやらが来るんだろう」

 神経質そうな切れ長の目に細いフレームの眼鏡をしている。年の頃は十代半ばくらいだろう。顔の造形は発展途上で若さが目立つ。

 珍しいシーグリーンの色をした長髪。日に焼けたわけではなく持って生まれた美しい色合いを持つ褐色の肌。同僚とは違って既にシャツにネクタイをしめ、カフスボタンをつけている。

「オート・メモリーズ・ドールな。客の為だけにうつくしー言葉を書き出してくれるうつくしー女達だぞ。中々拝めるもんじゃない」

 自分より五つは年上であろう同僚のはしゃぎぶりにリオンは低い声で返す。

「……そんなの娼婦しょうふみたいなもんだろ。金持ちと結婚目指す女がなる職業だって聞いた」

「誰に聞いたんだよ……それ本人達に言うなよ。お前口が悪いからなぁ……女怒らせたら怖いぞ。特に、ああいう働いている女はな。そういう女もいるかもしれんが、今回は俺達みたいな小市民のところに手助けで来てくれるんだぜ。うやまえよ」

「シャヘルの財団が金を払うんだろ。それが仕事なら敬う必要なんてない。……どうせ金を出してくれるなら……人間じゃない方のドールを貸出してくれりゃ良かったんだ。何でうちの職場に女どもを入れなきゃいけない」

「本家オーランド博士作の方ってことか? そういう意見もあったらしいけどなぁ。色々あたっても一人一台として八十台そろえられなかったんだと。あれってお高いんだよ。元値が。貸出して稼いでる会社とかも保有台数は多くない。ドール達は郵便社と手を組んでる職業だから数も揃えやすいんだろうなぁ」

 リオンはその言葉で嫌々ながらも成る程と理解した。

 世界の郵便事情はその大陸によって様々だが、彼らが住まう大陸では郵便物の配送は一元化されておらず様々な企業が行っていた。利用者は料金や配達可能区域などで自分で会社を選び郵便を配達してもらう。郵便会社乱立の時代とまで言われている。

 そして代筆屋である人間の自動手記人形オート・メモリーズ・ドールは個々の郵便社が行っているサイドビジネスに当たる。富裕層の高等遊戯という印象はあるが、料金プランは様々である。

 おまけに選び抜かれ、教育が行き届いた女性の細やかな気配りを実際に受けるとリピーターとなる利用者も多い。

 市場としては大きくは無いがけして小さくも無いのだ。

「拘束時間は長くは出来ないが相場は同じくらいなら可愛い人間の女の子で良いってなるだろ。つーかそのほうがいい。添削とかもしてくれるしね。リオン、お前さ……これが来るのが男だったら文句言わなかっただろ」

「……」

「リオンの女嫌い、正直病的だと思う。理由は知らないが……恋の一つでもすれば治ると思うぜ。恋愛しないなんて損してる」

 リオンは苦虫を噛み潰したような顔をした。不機嫌な顔が似合う、というのは聞こえが悪いがリオンのその表情は至極彼の見た目に合っていた。

「何で、どいつもこいつも……恋愛しないなんて変だって言うんだ」

 言われ慣れた台詞らしい。

「いや、変とは言ってないけど。しないなんて勿体無いし。何の為に生きてるんだよ」

「恋だの愛だのしなくたって人は生きられる! 俺は仕事を愛しているし、職場が好きだ。だからこそ今回のシャヘルのはからいが嫌なんだよ。神聖な仕事にくだらないことを持ち出すのが目に見えてるっ。男だらけの職場に女が入るといつもこうだ……!」

「……神聖、な仕事ね」

「誰でも出来る仕事じゃない。お前だって俺だって選ばれてここにいる。文書解読技術、あらゆる地方の言語習得。俺たち写本課の人材は逸材ばかりだ」

「地味だけどな。男ばっかだし。花形の文献収集のがもてるんだよな……あ、でもレファレンスの方が女の子多いよなぁ~。あ~俺はそっちが良かったかな~」

 にやにやと笑みを浮かべながらやって来る女性達を眺める同僚にリオンは閉口した。シャツの上に羽織る仕事着だけ小脇に抱えてさっさと部屋を出る。自分の名を呼ぶ声が閉じた扉から聞こえたがリオンは無視をした。

 廊下は優しい朝の雰囲気に包まれていた。窓から差し込む朝日が薄暗い廊下をきらきらと照らし、小鳥のさえずりも聞こえてくる。窓からは他の職員が『ようこそ自動手記人形オート・メモリーズ・ドールの皆様』という主旨が書かれた垂れ幕を設置している姿が見えた。通り過ぎる男子寮の面々は皆どこか腑抜けた顔に見える。いつもは髭もらない者も、今日は埋もれていた顔を露わにして何度も手鏡を覗いている。

「リオン、おはよう! や~ついに運命の日が来たなって……おい?」

「あいつ何であんな怖い顔してんだ。いつもだけど」

 へらへらと笑う同僚達に挨拶もせずにその場を通り抜けた。

――どいつもこいつも、女だ恋だと浮つきやがって。くだらないっ。

 素晴らしい朝の静寂の中、リオンは忌々いまいましいと言わんばかりに舌打ちをして磨かれた革靴で壁を蹴った。

「恋愛なんて糞食らえ……っ!」

 暴力の音に小鳥達は素早く反応し、近くの木々に止まっていた鳥は羽ばたいていってしまった。蹴った足が痛かったのか、数歩歩いてリオンは呻き声を上げた。

 

 ドーム型の天井に星座と神話の登場人物が描かれたシャヘル本拠地の玄関ホールでは集まった自動手記人形オート・メモリーズ・ドール達が絶え間ないお喋りのさざ波をたてていた。カラフルな姿の彼女達の前にわざとらしく咳をしながら前に出てきたのはアカデミックドレスと呼ばれるゆったりとした黒のガウンに房がついた正方形の角帽を被ったシャヘル写本課の職員。

 彼が手で合図すると、奥の関係者入り口から同じ服装の男性達が列を成して現れる。女性も数名いるが、ほとんどは男性で構成されていた。リオンの姿もあったが職員の中では最年少のようだ。大人の中に紛れると、その若さが目立つ。職員は皆、異国から来たこの専門家集団の喧しさや綺羅きらびやかさに顔を緊張させたりしかめている。

「ええ、お集まりの自動手記人形オート・メモリーズ・ドールの皆様。大変長らくお待たせ致しました。私は写本課、課長のルベリエと申します」

 最初に現れた男、ルベリエが話し出すとお喋りはぴたりと止まった。そしてまるで示し合わせたように自動手記人形オート・メモリーズ・ドール達はそれぞれの方法で優雅な礼をしてから声を揃えて言い放つ。

『お初にお目にかかります、旦那様っ』

 古めかしいホールに似つかわしくない華やいだ合唱。

 彼女達は言ってから互いに隣同士で顔を見あわせるとくすくすと笑い出した。どうやら口裏を合わせてやったことではないようだ。彼女達はそれぞれ別の代筆屋機関から派遣されている商売敵同士。自動手記人形オート・メモリーズ・ドールの売りは古き良き職業内容と高等教育を受けた淑女であること。契約相手にしとやかに礼を返すのは共通のルールなのだろう。

 たじろぐルベリエだったが、また一つこほんと咳をしてから口を開く。

「貴方達との契約期間は一ヶ月。その間に百冊の貴重な文献の写本を行って頂きます。我が写本課の総職員数は八十名。同じく八十名の代筆屋様方。この一ヶ月間での写本進行目標は八割です。本当であれば長らく此方こちらに滞在して頂きたいのですが、多忙を極める貴女方を拘束出来る最大期間が一ヶ月となります。この限られた日数の中で我々と共に尽力して頂きたい。速筆が武器の方ばかりをお招きしているのもその理由です。写本課一同、ご来訪を心よりお待ちしていました。よろしくお願い致します」

 ルベリエが角帽かくぼうをとって一礼すると、他の写本課職員もそれに習った。しくも出会うこととなった異なる専門家達。まだ何も始まってはいないのだが、誰しもの心にも熱い何かが芽生えていた。

 

 挨拶の後は早々に仕事の話となった。

 今回の写本作業は二人一組で行うことになっている。ルベリエからどんどん名前を呼ばれ、パートナー同士だと発表された二名は作業室へ移って行く。ホールに並んでいたリオンもまた他の者と同じように自分の名が呼ばれるのを待っていた。同室の同僚は東洋の着物を着た自動オート・手記人形メモリーズ・ドールとペアとなったようだ。彼女をエスコートしながら後ろを振り返り、リオンに堅く握った拳を見せる。

「次、リオン・ステファノティス。リオン、前へ出なさい。パートナーは……C・H郵便社、カトレア・ボードレールさん。カトレア・ボードレールさん前へどうぞ」

 残っていた女性達の中から、すっと人をかき分けて前へ進み出た女の姿に写本課の職員達は息を呑んだ。人形然とした顔立ちに姿。そして美しさだけが構成しているわけでは無さそうな異様な空気に身を包む女。

「あ、貴方がカトレア・ボードレールさんですか?」

 喉が一瞬でカラカラになったルベリエに人形は小さく首を振る。

 濡れたブルーの瞳、影のかかる長い金色の睫毛、人を惑わす魔性のまなざしを女は躊躇ためらいも無く向ける。

「いいえ、私はカトレアの代役として参りました。お客様がお望みならどこでも駆けつけます。自動手記人形オート・メモリーズ・ドールサービス、ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」

 一声発しただけで、場を制する魅惑の声音だ。

「同じくC・H郵便社の所属ではあります。こちらの不手際で依頼が重複してしまい、私が派遣されました。滞在期間は一週間。その後は本来の派遣自動手記人形オート・メモリーズ・ドールであるカトレアが来ます。既に社長から謝罪の一報が入っているはずですが……」

 困惑するルベリエに後ろに控えていた秘書のような女性がはっとした顔をする。

「すみません、そう言えば三日前に電話が入っておりました。名前の登録が変わるだけでしたので後で行おうと思い……その……」

 言いよどむ女性にルベリエは手を振って下がらせた。

「いや、まあ……欠員が出たわけでは無いからいいんだが……。それではエヴァーガーデンさん。ペアのリオンと作業をお願いします。リオン、途中でパートナーが変わってしまうが優秀な君なら別段問題無いだろう?」

 その口ぶりから、課内でも一目置かれているらしいリオンは返事もせずに黙りこんでいた。

「……リオン?」

 ルベリエが横から顔を覗きこむ。

 彼の時間は傍から見ても停止していた。呼吸も、瞬きも、忘れている。

 リオンは感じたことのない体の異常に胸をおさえていた。

――心臓が、痛い。

 目は見開かれ、唇は半開き、耳が微かに赤く染まっていた。

――何だこれは、何だこの女は。俺に何をした。

 その挙動のすべて、目の前にいる稀有けうな美しさの女がもたらしている。

「リオン、おーい、リオン?」

 上司の問いかけに対する言葉すら紡げない。

――変な気持ちが、体を焼いている。

 溶けてしまいそうなほど、熱い視線を一身に受けるヴァイオレットはいつまでたっても言葉を発しない『旦那様』に小首をかしげた。

 リオン・ステファノティス。十六歳。

 生まれも育ちもユースティティア。山に抱かれ、星を見上げ、天文学に陶酔とうすいした人生をずっと送ってきた。彼の時間には星のみが漂い、他者はその人生の隙間にも入れない。

 きっとこれからもそうしていくはずであったのだが。

 未だ恋という恋を知らぬ、女嫌いの男が初めて他者に心を突き動かされたのだった。

 

「それでは旦那様に読み上げていただいた御言葉を私が漏れ無く書き記します。本の中の図形に関してですがご希望であれば模写したものを後ほど提出致します。今回は全てタイプライターで行うとお聞きしました。私が扱う端末は自前の物でよろしいでしょうか? それとも既に用意されておりましたか?」

 ざわざわと活気づく写本課の作業場。ずらりと並ぶ長机、その上に載せられた書物の数々。本に埋もれる形でかろうじてタイプライターや図面引きを置く空間が確保されており、人間と人間が隣り合わせて動き回るには狭苦しい。普段の二倍の人員が入り込めばそうなるのは仕方ないだろう。リオンとヴァイオレットも椅子を隣り合わせて座り合うも、膝がすぐくっついてしまいそうな距離だ。

「……目の前のそれだ。パスワードは今の期間だけ全てシャヘルで統一されている。外部に漏らすなよ」

「勿論旦那様方の業務は秘密厳守とさせて頂きます」

 自分の使い慣れた端末では無いにも関わらずおくすること無く触れてタイプライターを操作するヴァイオレット。その美しい横顔にリオンの目はついつい吸い寄せられる。髪が一房、揺れただけで心臓が高鳴りする始末。

――おかしい……やはり体調が悪い。

 原因に心当たりが無いリオンは謎の動悸どうきに困っていた。外部の人間を取り入れての仕事。そんな時に健康を害するなど写本課の人間としての名折れ。これを知られてはならないと必死で普段通りの自分をつくろおうとしている。だが周囲にはどう見えているかというと。

「……リオン、顔赤いよなぁ」

「ありゃ完璧に、あれだろ。ちたろ」

「あいつ……ちゃんと女の子に興味あったんだな。俺はてっきり……」

「あ、やっぱりか? 俺もそうだと思ってたんだよ」

「だよなぁ……だってあいつがデートしてるところ見たことないもん」

「うわあ何か子が育つのを見る親の気分だ」

 席を遠くに置く親しい年上の同僚達は分かりやすく変化が顔に出ているリオンを心配そうに、だがどこか面白がる様子で見守る。

 上司にも認められている年下の同僚というのは煙たがられそうなものだが、リオンは写本課男性職員からは弟のような存在として扱われていた。写本課一の知識を持つ最年少天文学者。

 それがリオンの肩書である。背中に刺さるほど向けられた野次馬の視線にリオンは気づいてはいたがひとにらみするだけで声を荒らげはしなかった。睨まれた男達は笑いながら持ち場へ戻っていく。ひと通り用意されたタイプライターに触れたヴァイオレットはこくりと頷くとリオンに顔を向き直した。

「操作方法は問題ありません。それでは旦那様、どうぞ読み上げていって下さいませ」

「手始めにやるのは共通言語で書かれている二百年前のアリー彗星についての記述だ。言っておくが俺は解読が早い。写本課は通常ペアを組んで一人が解読、一人が写本を行う。記述が追いつけないようならあんたは不要の長物だ」

「心得ております」

 その簡潔な返答は、リオンからしてみれば自信ありげな態度に映った。むくむくと、そのプライドをへし折ってやりたい気持ちが湧いてくる。

「……なら、お手並み拝見だ」

 リオンは朽ちかけた本の一ページ目をピンセットで丁寧にめくった。

「暗き天よりいずれ出たその光の矢、長き尾を引いて聖バルバロッサの首を刈りし。故アリアドナ占星術師曰く、光の矢、不吉の前触れ。その輝く光の過ぎし後、疫病が流行り、王の崩御が国に響いた。聖バルバロッサもまた同じくこの光の矢に射抜かれてその魂とむくろを引き剥がされたと言えよう。光の矢の出現はアリアドナの語るところ過去にも在り。光の矢のその存在の所以ゆえんは妖精の国の王ラインハルトの嫁取りと言われ、この際に死した高貴なる者、女はラインハルトの側妃そくひに、男は祝福のうたげ貢物みつぎものとして命は奪われる。だがその絶命は悲劇では無く、永遠の刻流れる妖精の国で新たな器を授かり生き直すとされ、魂は未来永劫守られるとされる」

 一語も詰まること無くすらすらと言い述べたリオン。その読み上げの速さには書き取る相手への気遣いは一切見えない。話している間もタイピングの音は聞こえていたが、さてどこまでついてこられただろうか。そう思い、タイピングされた書面を確認して見ると。

「旦那様、どうぞお続け下さい」

 ヴァイオレットは彼が訳した通りの言葉で記述を終えていた。リオンは一瞬呆気にとられる。

――俺よりタイピングが速いかもしれない。

 賞賛より悔しさが胸中に渦巻いた。

「……もっと速くても大丈夫そうだな」

 リオンは咳払いをしてから、神経を集中させて翻訳に挑む。

「高貴なる者の死は否が応でも下々に衝撃を走らせた。光の矢走る姿見る者には奇行する者多し。湖に飛び込み映り込んだ光求め溺死する者、追いかけて帰らぬ者。また光の矢を見てから人が変わったように塞ぎこむ者も多し。さて我が国だけに限らず、光の矢は凶星のしるしである。旅の吟遊詩人いわく、東方の国では光の矢が走るところ空気が燃やされるという伝記があり、人々はその時ばかりは袋に風を入れ込んで封をし、過ぎ去るまで浅く吸い続ける。山中で集めた風を売り歩く風売りなる者もいると。奇異に聞こえる話ではあるが、天を走るあの姿を見れば全てを燃やし尽くす恐怖を抱くのもまた致し方ない。人々はただ見上げるしか出来ぬのだ。大いなる何かはいつも我々の届かぬ場所で全てを始め、終わらせてゆく。もし終末というものがいずれ来るのだとしたら、それはあの輝きを見つめるのと同じようなものだろう」

 呼吸一息すら入れなかった。言い終えた後に重く息を吐く。急いでヴァイオレットへ視線を向ける。

「旦那様?」

 ヴァイオレットの手は、既にタイピングを止めていた。そして書面はというと、やはり完璧に記述を追っている。先を上回る悔しさと苛立ちが同時に押し寄せてきた。

 涼しい顔で待機する彼女を見ていると何だかたまらない。

「調子に乗るなよ!」

 高速でヴァイオレットの指先がキーボードをタイプした。

「違う! それは書くな! 翻訳じゃない!」

「申し訳ありません」

「くそっ……絶対、勝ってやるっ……あ、違う! 今のも書くな!」

「度々申し訳ありません」

 同じような問答を繰り返すこと数時間。二人は他のペア達を遥かに凌駕りょうがする仕事量をこなしていた。朗読しすぎて痛くなった喉を押さえるリオンを尻目にヴァイオレットは終了した代筆の書面を確認する。

「今日で進行予定表の三日分の仕事をこなすことが出来ました。旦那様、素晴らしいです」

「……あっそ……」

 リオンは敗北感に満ち満ちていたので、あまり喜べはしなかった。タイピングの速さというのは写本課でも特に注目される能力。それをいくらスペシャリストと言えど外部の人間に負けてしまったのは悔しい。

「他のペアの進行状況も想定の二倍程速いですね。これならば契約期間中に全ての写本を終わらせることが出来るのではないでしょうか」

「……そんな、まさか」

 言われてリオンは自身も室内の壁にでかでかと書きだされた進行表を覗きこむ。それぞれのペアの名前と日別の目標進行と実績が記されたそれは、全てのペアが予定よりも遥かに進んだ数値を叩きだしていた。

 そこで初めてリオンはヴァイオレット以外の自動手記人形オート・メモリーズ・ドール達を見回した。休憩を挟んだとしても八時間は働いているのに関わらず、みんな笑顏で周りと談笑している。

 反対してリオンと同じようにぐったりしているのは写本課の面々。死屍しし累々るいるいというのは過大な表現かもしれないが、机に突っ伏して疲れきっている者は一人や二人だけでは無い。

「あんたら、何でそんなに元気なんだ……」

「元気……と言いますと?」

「あれだけつきっきりで代筆して、疲れるだろ。普通」

 ヴァイオレットは瞳を何度か瞬いて疑問符を浮かべる。

「確かに速筆は集中力と体力を要しますが、移動に比べればさりとて疲労することではありません」

「移動って……依頼人のところへのか」

「はい。私達自動手記人形オート・メモリーズ・ドールはいつでもどこでも、お客様のお望みであれば駆けつけるのが仕事です。それこそ密林の中に隠された秘境から数十もの山を越えた大国へも。一年のほとんどは旅行鞄を片手にあらゆる交通手段で移動します」

「女なのに?」

自動手記人形オート・メモリーズ・ドールは女性が多く就く職業です」

「いや……そうだけど……物騒な地域だってあるだろ」

「そうですね。しかし基礎体力や護身術は皆それなりに備えているのではないでしょうか。私はC・H郵便社所属ですので紛争地域にも向かいます。その際は銃火器も所有しますし、それを持ち歩くとなると重量もかなりあります。数時間タイピングをすることくらいは……」

 余裕だと言いたいらしい。リオンはまた苛立ちを胸に渦巻かせた。だが、それと同時に自動オート・手記人形メモリーズ・ドールに抱いていた考えを少し改めもした。

 一般人からしてみれば自動手記人形オート・メモリーズ・ドールというのはハイソサエティ(上流階級)か小銭がある者を相手にする特殊な職業婦人だ。

――金持ち相手の商売女って思っていたが……。

 長時間働いても乱れない姿勢の良さ。一貫して続く従僕の姿勢。決まった休みなど無さそうな過酷な労働環境。危険地域へも赴かねばならない仕事内容。それら全て、自分が出来るかと言われれば答えは否だ。

「……何で、そんな大変な仕事してるんだよ」

――金持ちとの結婚を望むだけで出来る仕事じゃあない。

 その問いにヴァイオレットはにこりともせずに無表情で答えた。

「与えられた役目ですから」

「会社にか?」

「……それも、あります。ですが私はさほど大変だとは思ったことがありません。お客様のもとで、お客様の思いを紡ぎ、もしくはこのように太古の書物を書かれた方の考えを受け取り、それを体現するというのはとても……特別で……素晴らしいことだと思います」

 その言葉は、リオンの体に与えていた疲労を一瞬で吹き飛ばした。

――分かる。すごく、分かる。

 遥か昔、自分と同じように誰かが星を見つめ、観測し、それを記していたことにリオンは果てしない浪漫ろまんを感じていた。もう今はいない誰かに感じる共感、憧れ、恐れ。写本を終えた時の達成感。それはとても特別で。

「そうだな……」

 素晴らしいことだ。

「あんた、女なのに……分かってるじゃないか」

「女、というのは関係ありますか」

「……いや、まあ……無いけど」

 初めてこの旦那様から肯定の言葉を貰ったヴァイオレットは、彼の見ていないところで少しだけ口の端を上げた。

 

 写本の助太刀として呼ばれた自動手記人形オート・メモリーズ・ドール達はその後も良く働いた。徹底された淑女の教育。美しい身のこなしや立ち振る舞いは男子のみならず女子すら魅了し、褒めそやされた。

 その中でも一際目立つのがリオンのパートナーであるヴァイオレット・エヴァーガーデンである。たぐいまれな魅力の容姿も理由の内だが、男達に褒めそやされてもどこ吹く風のクールな態度。それがまた彼女の信者を増やす。

「気をつけろよ、お前、ねたまれてるぞ」

 同期に忠告された当初は何のことだが理解しきれていなかったが、後にリオンもそれがどういう意味なのか悟った。

 資料を探しに行くのもタイプを打つのも、館内を移動するのも二人は常に一緒である。口が悪く女の扱いが下手なリオンとまるで本当のドールのように無機質な回答ばかりするヴァイオレット。楽しげな二人には見えないはずだが恋で目が曇っている者にはどんな言葉も通用しない。特に妬んでいるのは写本課以外の職員だった。

「……それで……何が仰りたいのでしょうか?」

 翻訳につまったリオンが大図書館へと字引きに役立つ文献探しに向かった所だった。高いはしに登らなくては取ることの出来ない本が欲しかった為、リオンはヴァイオレットを近くの椅子に座らせ待たせていた。

 トレジャーハンター気分で手にした本を片手に持ち意気揚々と戻ってくるとレファレンスの男性職員三人がヴァイオレットを囲んでいる。男達は鼻の下が伸びた笑い顔だ。

「リオンがパートナーで可哀相だってことだよ。あいつさ、鼻持ちならない性格だろ」

「本当だよな。シャヘルの寄付が無けりゃろくな生き方も出来なかった孤児のくせに」

「君みたいな高嶺の花、あいつには勿体無い。つまらなくなったらレファレンスにおいでよ。星の話は好き? 写本課の暗い野郎どもより俺達の方が話し上手だよ」

 ヴァイオレットは彼らの言葉を無表情のまま聞いている。

――くだらない。

 リオンは舌打ちをした。激昂しやすい彼ではあるが、この仕打ちは何度も受けてきたので正直慣れていた。怒りよりもあきらめが浮かび、心の中では『またか』ともう一人の自分が呆れ声を上げる。

 自分の出自。自分の歪んだ性格。誰よりも年下であること。人好きする素養が少ないことは、十分承知していた。

 他部署と関わる時に無愛想なのが原因なのだろう。あまり他では評判が良くない。上司のルベリエが目をかけてくれていなければ写本課でも仕事を認めては貰えなかったかもしれない。

 リオンは全ての人に好かれるつもりなどさらさら無い性格だったのでこの手の中傷ではもはや傷つきもしなかった。

 微塵みじんも、傷ついてはいなかったのだが。

「私も孤児です」

 図書館の静寂を切り裂くようなヴァイオレットの言葉に衝撃を受けた。

 ヴァイオレットの声は、元から綺麗だと認識していたがこの時ほど澄んで聞こえたのは初めてだった。

「おそらく皆様方が指すようなろくな生き方をしておりません」

 ひどい台詞が、涼やかに響く。

 嘘を、吐いているんだろう。

 そう思ったが、男達の背の隙間から見える彼女は誠実で率直な態度だ。

「文字を覚えたのもここ数年です」

 自分のことでは傷つかなかった心が、ヴァイオレットの告白で痛みを訴えだした。

「それに、お言葉を……更に返すようで申し訳ありませんが。写本課の方々は、少なくとも私よりは朗らかで話がお上手です」

 ヴァイオレットは、その美しさのままに、てらいもなく自分を見せる。

「もし、生まれや育ちで話をする方が限られるのであれば……私にはお関わりにならないほうがよろしいでしょう」

「い、いや……君は、違うよ。なあ?」

「何も違いません。リオン様と比べるのであれば、私の方が卑下ひげされるべき生き方をしているでしょう……確認をしなくてもそうだと言い切れます」

「あ、あいつの母親なんて流れ者の女なんだよ」

「私は親の顔も知りません。そして、私も流れ者です。自動手記人形オート・メモリーズ・ドールですから。私を擁護されるのであれば、色々と皆様の発言に齟齬そごが生じますね」

「君、リオンがパートナーだからかばってそう言うんだろう!」

 顔を真っ赤にした男の一人に言われて、ヴァイオレットは小さく首を傾げた。

「事実を言っているだけです。……しかし……そうですね……」

 金色の睫毛が揺れた。赤い唇が考えを形にするのを待っている。

 ヴァイオレット・エヴァーガーデンはどれだけ責め立てられようとも、恐らくは物怖じすらしない。

「私と契約をしたのはシャヘル財団そのものですが、今の旦那様はリオン・ステファノティス様ただ一人。もし皆様方がリオン様を傷つけようとされているのであれば、僭越せんえつながらお守りします。職務の範疇はんちゅう外かもしれませんが……それは私というドールのさがです」

 きっぱりと言い切られた男達は、何に反論していいのかも分からなくなった。

「……いこう。話が通じないよ」

 一人の言葉に釣られ、やがて三人共ヴァイオレットから離れて足早に立ち去った。

 確かに、ヴァイオレットと男達では住む世界が違った。同じ言葉を話していても、同じ人間であっても、そういうことはあるのだ。

 まるで対岸で怒鳴り合っているように、人間同士、話が通じないことがある。

 それはとても悲しいことなのだが、悲しいことだという事実すら気がつかない人が多い。

 言い合いを見ていた他の閲覧者が小声で何事かヴァイオレットについて囁きだした。

「何あれ、美人だからってあの口のきき方……何様のつもりなの」

「孤児だって……」

 罪の意識のない陰口。さざめく言葉の渦。耳が悪くなければ本人にも聞こえているはず。

 それでも、ヴァイオレットは行儀よく座ってまたリオンを待つ姿勢に戻る。

 ただ、リオンが来るのを待っている。

「……」

 リオンは、その姿が何だかとてもたまらなくなった。

――凛としてる。

 初めて会った時も、凛とした美しさだなと思った。

 掛け値なしに、今まで出逢ったどの女よりも美人だ。器の良さに、感嘆する。

 だが今は、最初とはもっと違った風な美しさに見えた。

――もっと。

 もっと、違う何か。

――もっと。

 もっと清らかでかけがえの無い。

――もっと。

 もっと光り輝いた人に見える。

 それが胸に痛い。

 リオンはまた一度舌打ちをすると、ずんずんと歩いてヴァイオレットに手を伸ばした。

「旦那様」

 ヴァイオレットが顔を上げる。と同時にリオンは彼女の腕を掴み、引きずるように椅子から立たせた。そして早歩きで大図書館の廊下を過ぎていく。ばたばたともつれる足音。

「旦那様、目当ての書は見つかりましたか」

「あった」

「それは良かったです」

「よくない」

「……というと?」

「ちっともよくない!」

 あんたが俺のせいで悪く思われたじゃないか。

 後にその言葉は続かない。

「……そうですか。ところでこの図書館は職員の方以外も本を借りられるのでしょうか」

「……は? 借りられるけど……星座の本ばかりだぞ。読みたいものでもあるのか」

「はい、色んなことを知るのは世界中を旅するのに非常に役立ちますから」

 ヴァイオレットは先程の騒動をまるで気にしていない様子だった。興味の対象は自分をとりまく本の山。手を引くリオンの体温の熱さも、気に留めていない。

 ここを一秒でも早く立ち去りたいリオンだったがぴたりと足を止めた。

「じゃ、いま選べ。借りるにはカードが必要になる。作るの面倒だから俺が借りたことにしてやってもいい……」

「ですが……職務中ですし……」

 遠慮するヴァイオレットにリオンはまたなんとも言えないむずがゆい気持ちになった。

「何冊か選ぶだけだろ。俺も待たせたから、おあいこだ。変なとこで謙虚だな。言いたいことはずばずば言うくせに……」

「申し訳ありません」

「怒ってないから謝るな」

「怒っていないのですか?」

 リオンの顔はどう見ても怒っている。

「……怒ってないよ。こういう顔なんだ」

 不貞ふて腐れたように口を尖らせて言うと、ヴァイオレットは少しだけ目を細めた。

「私は無表情だとよく言われます。こういう顔です」

 彼女なりの、同調の台詞。

「少し似てますね」

 リオンは掴んだ手を離すのが、困難に思えた。

 

「だからさ、俺は言ったわけよ。そういうの怖いよなって。そしたら彼女なんて言ったと思う?貴方って可愛いだって! くううううっ! たまんねえなっ! 可愛いのは君だよって! なあ聞いてるリオン?」

 共同作業開始から三日が過ぎていた。

 今日も今日とてさっさと着替えもせずに寝間着姿のままだらだらとしている同室の同期。リオンは朝からペアの自動手記人形オート・メモリーズ・ドールの話を語られていたが半分も聞いていない。タイをしめながら頭の中では別のことを考えている。

「聞いてない。お前のくだらない話はどうでもいい。俺は四日後に控えたアリー彗星の観測のことしか考えられない」

「聞いてないと思った……。アリー彗星、二百年周期だっけか。これ逃すと……まあ、次の時は俺達生きてないよな」

「何であんなに綺麗なんだろうな……」

「現存してる絵だと彗星が流れて作られる光の尾がかなり幻想的っぽいよな。俺も見るの楽しみ。パートナーの子を誘おうと思ってるんだ。そう言えばお前のパートナーの超絶美人って四日後までだっけ?」

「見てると……たまらなく……胸が痛くなる」

「あのヴァイオレットっていう美人誘ってみたら。つーかお前いま何の話してるの? ちゃんと彗星の話してる?」

――あと四日か。

 アリー彗星の観測はシャヘル職員にとっては大きな行事だ。長周期の彗星観測はその時代に生まれていないと実現出来ない。まさに奇跡の巡りあわせ。

 だがリオンは彗星のことを考えながらもヴァイオレットについても思いをせていた。

 ヴァイオレットが来てから、一日終わる毎に後に残った彼女との時間を数えている。朝が来ると今日はまずどう話しかけようとか、昼食の時間にいつもいなくなるのはどうしてなのかとか、そういうことを延々と思う。

 そしてちくりと痛む胸をたまらずおさえるのだ。

「なあ、俺の話に戻るけど……どんなに好きになっても不毛だよな~……相手は自動手記人形オート・メモリーズ・ドールだぜ。すーぐどっか行っちまう。まあ女って基本的にそうだけど。大丈夫だと思ってたら、いつの間にか三行半みくだりはん突きつけられて終わり。私はこれをずっと我慢してたのって怒って出て行く。そんなん我慢しないで言ってくれって話だよ」

――こんな風に、執着したくない。執着したくない。執着したくない。

 頭を振って、彼女のことを考えるのをやめようとするが止まらない。

 リオンは自分を戒めるように、殊更きつくタイをしめた。まるで首をくくってしまうかのように。実際、息はずっと苦しいのだ。

 ヴァイオレットと出逢ってから。

 

 昼食の時間になると、みんな一斉に作業を止めて休憩するのが写本課の習わしだ。そうしないといつまでも作業をしてしまう為だと上長のルベリエは語る。

 シャヘル本部内には図書館利用者から職員まで全ての人が利用出来る食堂がある。買っても良し、何かを持ち込んでも良し。自由な空間だ。いつもなら食堂を利用するリオンだったが、今日は仲間達の誘いを断りベーコンとレタスのバケットと飲み物だけ購入して館内を歩きまわった。

――何処にいる?

 目当ての相手は、程なくして見つかった。人通りが少ない非常階段。そこから外へ向かって出ることが出来るバルコニー。星の女神をかたどった彫像が石の手すりにおごそかに鎮座している。その女神と寄り添うように手すりに腰掛けていた。

 飲み物を片手に、パンは鳥の餌にして。陽光に透ける金糸の髪は甘い輝きを発し、いっそ神々しい。リオンがバルコニーへの扉を開けると鳥達は瞬く間に飛び去ってしまった。

「食べるの、見られるの……嫌いなのか」

 ヴァイオレットは足音には気づいていたようでさして驚きもせず無言でこくりと頷いた。

 リオンは側に寄って、同じように腰掛ける。

「何で?」

 バケットにかじりつきながら尋ねる。ヴァイオレットは、少し考えるように目を泳がせた。

「食べている時、寝ている時というのは無防備です。敵の襲撃を受けた場合に即座に反応出来ません」

「……敵ってあんた……いくら女の一人旅だからってそんな危険なことあるのか」

「ただの習性です。私は昔、軍人でしたので」

「は? あんたが?」

「はい。おかしいでしょうか?」

 ぐりん、と首を動かしてこちらを見つめてくるヴァイオレットにリオンはたじろぐ。ヴァイオレットは、リオンの長いシーグリーンの髪を見て眩しそうに目を細めた。

「……お、おかしい。だってあんた……何処からどう見ても……ただの女だ」

「ただの……?」

 手首が義手であるのは仕事をしている内に分かった。何かの事故でそうなったのだろうと思っていたが元軍人だと聞いて納得した。

 傷痍しょうい軍人を見るのは大陸ではそう希少な出来事では無い。何せ数年前まで大陸戦争と呼ばれる大国同士の戦争が起きていたのだ。しかしそれを聞かされても彼女の過去を何も知らないリオンには今のヴァイオレットしか見えなかった。

「あんた、ただの女だよ……」

 リオンにとって、初めての「女」。

 ヴァイオレットはしばらく思案顔をしてから言う。

「……旦那様は変わっていらっしゃいますね」

「え、何でだよ」

「私は何処へ行っても大抵変だと言われます」

「恰好じゃないのか。びらびらして、動きにくそうだ」

「それを仰るなら旦那様のアカデミックドレスは動きにくくないのですか」

「動きにくい。夏場はあの下に何も着てこない奴もいる。蒸れるからな」

「それは風が吹いたら大変ですね」

 真面目に答えられて、リオンの方が笑ってしまった。

「旦那様、そう言えば何か御用がありましたか」

「あ、ああ……そんな大した用では無いんだが。あんたのここでの最終日、アリー彗星が来るんだ。それで、その。大変貴重なことだから教えておいてやろうと……」

「アリー彗星とは、写本の中で触れられていた彗星ですね」

「そうだ。二百年周期だからもう見る機会は生きている内に無いぞ。どうだ、見たいか?」

 疑問を投げかけると共に、リオンは心の中で『どうか見たいと言ってくれ』と祈っていた。

「はい、見てみたいです」

 こくりと頷くヴァイオレット。リオンは拳を握る変わりにバケットを握り潰す。

「そうか、ならパートナーになった縁だ。観測に招待してやらんこともない」

「招待してくださるのでしょうか。してくださらないのでしょうか」

「す、する! してやるよ。招待する。夜明け前の観測になるから二時過ぎには行動始めるぞ。寝不足のままここを出る形になるけど大丈夫か?」

「問題ありません。睡眠は二時間もあれば十分ですから」

「もっと寝ろよ……分かった。当日はとりあえず待っていろ。必要な物はすべてこちらで用意する。じゃあな、邪魔した」

 手すりから降りてリオンはその場を去った。廊下を歩き、いくつか角を曲がったところで壁に背を預けてその場にしゃがみ込む。

「……」

 頬は真紅に染まり、額から汗が流れていた。口元を手でおさえるも、笑みが溢れてしまう。頭の中ではヴァイオレットの『はい、見てみたいです』という返事がこだまし続けている。

「ふ、ふは……ふはは」

 誰もいないのを良いことににやにやと笑い声を出したが数秒して急に我に返った。

 慌てて立ち上がり、衣服の乱れを直し滴る汗を拭う。

「俺は……おかしい……何なんだこれ……」

 かかっている病の名前を知らないリオンは、情けない声を出して今度は顔全体を両手で覆った。残されたヴァイオレットは手すりに置かれたままのバケットをどうしたものかと眺めていた。

 

 ユースティティア天文台には世界最大級とうたわれる巨大天体望遠鏡がある。その他には施設にて貸出可能な小型天体望遠鏡、天文台に設置されている物と様々だ。場所もユースティティア自体が既に絶好の天体観測スポットである為、道具さえあれば好きな所で空を眺めてもさして差は出ない。

 日の出前のまだ暗い夜中、リオンは自前の天体望遠鏡と二人分の毛布その他諸々を揃えてヴ

ァイオレットと待ち合わせた。

「旦那様、私がお持ちします」

「いい」

「ですが、重そうですし」

「いいっ」

 石造りの街の景色から離れてヴァイオレットはリオンの後に続いて歩く。山の中の街ということで夜は暖かい季節でも肌に寒さが突き刺さる。その上更に山深いところへ行くのだ。目的の場所に着いた時には二人ともすっかり身体が冷えきっていた。

「ほら、これにくるまれ。あとスープ飲んでろ。俺は望遠鏡を組み立てる」

 リオンが選んだ場所にはちらほら他の観測者の姿が見えていた。一見広々とした平野だが少し歩けば断崖絶壁。しかし、視界に目立った障害物は無く周囲に大きな木々がある為風の抵抗も受けにくい。空は雲ひとつ無い美しい夜で二百年に一度の星を迎えるには最良の日と言える。

「旦那様、あれがアリー彗星でしょうか」

 空にうっすらと見えている光の塊にヴァイオレットは注目した。

「これからもっと綺麗に見えるようになる。彗星は太陽に近づけば近づくほどその熱で蒸発し、それが尾を引いていわゆる箒星と呼ばれる姿になるんだ。それを見られる時が太陽が沈んだ直後の西空、もしくは日の出前の東空。時間がかかるが待つ甲斐はあるぞ。ほら、座れ」

 ヴァイオレットは次々とリオンが用意してきた物に囲まれていく。

 使い古された敷物に長時間座るのに耐えうるクッション。軽く暖かい毛布に身体の芯から温まる美味なスープ。

「まだ寒いか? 女って寒がりだから面倒だ。もう一枚いるか? くるまっておけ」

 乱暴な口調だが気遣いに長けている男。

「……旦那様は、お優しいですね」

 ヴァイオレットは言われるがままにされながらつぶやく。

「ば、馬鹿いえ。俺は優しくない。それに女は苦手だ。冷たくしている」

「そうでしょうか。私にはとても気を遣われているように見えます。確かに旦那様は同じ職員の女性の方とお話はされないようですが……」

 他人のことなど興味が無さそうなのに良く見ている。

「単純に女が嫌いなんだ……」

 言ってからついヴァイオレットの反応を窺ってしまう。彼女は次の言葉を待っていた。

「べ、別に……全員嫌いなわけじゃない。ただ……これは呪いみたいなもんで……どうしても女である時点で俺には悪いものになるんだ。分かってる。女だって良い奴はいる」

「女性の方に何か……ひどい仕打ちを受けたのですか」

 ヴァイオレットの質問の答えは、同僚にも語ったことのないリオンの心の傷だった。リオンは目の前のこの美しい女の瞳を見つめながら思う。

――こいつは……どうせもういなくなる他人なんだ。

 何を話したって、それきり会わなくなる。だったら一生に一度、他人と素直に会話をしても良いのではないだろうか。幸いこの女は堅物で無口。山奥の街で出会った男の過去など誰に口走ることもないだろう。あったとしても、被害はさりとて大きくない。

「誰にも言わないと、約束してくれるか」

 そんな計算をしないと心の内を吐露できないリオンは、設置を終えた天体望遠鏡から手を離して両手をぎゅっと握りしめる。

「仰せのままに」

 夜風に冷たくなっている手はすぐに緊張の熱でじんわりと汗をかいた。

「俺……俺は……俺はこの街で生まれて、この街で育った。あんた……図書館で色々言われてたろ」

「聞いてらしたんですか……」

「聞いてた。……その通り。俺の母親は流れの女、ジプシーだった。ジプシーって分かるか?色んな所に巡業して踊りや歌、芸、自分の才を披露する……お前達、自動手記人形オート・メモリーズ・ドールみたいな存在だ」

 リオンは話しながらもはや記憶の片隅に追いやられた母のことを想起する。

「ジプシーってのは奔放な女が多くてな。あっちこっちに男を作ったりする奴もいれば、情熱的に誰かに恋をして追いかける奴もいる。大体そのどっちかだ。俺の母親も例に漏れずその口で、この街の男に恋をして子どもを産んだ。それが俺だ」

 

 緑の髪というのは至極珍しい髪色なのだと母親は言っていた。

 それはたくさんの人種が交じり合った結果、突然変異で誕生する。だからお前はとても尊くて素晴らしいのだと。たくさんの人の愛の結果なのだから素晴らしいのだと言ってくれた。

 そういう母の髪は亜麻色。寄り添うといつも甘い香りがした。

 髪色でからかわれることはあっても、染めたりせずに自然のままで生きてきたのはきっとその言葉が大きい。どれほど奇異に見られても、一度祝福を受けたものを無かったことにしようとは思えなかった。

 父のことは正直あまり記憶に無い。家に居ないことが多かったからだ。

 シャヘルの文献収集課に勤めていた。白髪交じりの髭男で、猫背の撫で肩。お世辞にも見た目が良い方だとは言えなかったはずだが母は父にべた惚れだった。

「お母さんが頼みに頼んで結婚してもらったの」

 というくらいだったので、実際そうだったのだろう。

 美しく若い母が寡黙で星ばかり見ている父にどうして恋をしたのかは分からない。同じように父が母を受け入れたのがどうしてなのだかは分からない。

 ただ、二人はいつも仲が良さそうだった。

 母が陽気に歌を唄い、父が長椅子に腰掛けながら新聞を読みながらそれを聞く。時には、いっしょに踊ってと無理やり立たせようとする母を邪険にすることもなく下手なステップでそれにつき合っていた。かたわらの子どもは星の図鑑を眺めながら二人の笑い声を背中で聞く。そういう家庭だった。いい家族だったと思う。

 子どもにばっかり構いがちで夫婦仲が悪くなるというのはよくある話だが、この家では起こりえない事柄だった。何せ母の愛する至上の存在は父で、子どもはその結果にすぎない。

 だから父が文献収集に行ったきり戻って来なくなってから、母が子どもを置いて探しに行ってしまったのも当然といえば当然だったのだろう。

 

 収集隊の連絡が途絶えた場所は廃墟と化した王国の跡地。地下帝国を築き上げ栄華の盛りに天災と飢饉ききんで国は潰れた。手入れのされない墓地となっているそこには今、獣や山賊が居を構えている。

 入った者は生きて帰ることは出来ないなどという呪いはどこにでも転がっているものだが、

合計六人の収集隊が死体も残さず消えた事実は探しに行った者達に重くのしかかり、結局誰も先発の収集隊の行方を掴むことは出来ず帰還した。

 文献収集というのは探検家と同じで、収集の最中に亡くなってしまう者は少なくない。

 母は父と結婚する時にそれを覚悟してはいたのだろうが、覚悟があったからと言って我慢出来るかどうかは別の話だ。

 子どもと愛する夫。天秤にかけて、より愛している方を結局は選んだ。

 最後に見た姿は、家の扉を開けて光り溢れる外の世界へ行こうとする母の背中だった。

 黙々と荷物を作って、数ヶ月分のお金と、数週間分の料理、そして何かあったら頼るべき大人の存在を教えると、一人残す子どもの頭を一つ撫でて母親という役目を捨てた。

 くるりと向けられた瞬間からその背中は父を追い求める女で。

 それは誰もが軽々しく口にする恋や愛の洗礼を受けた人の姿だった。

 その時、勿論母に置いて行かれることは悲しかったのだけれど。

 一番辛かったのは「お母さん」と小さく、涙に震える声ですがった哀願を無視されたこと。

 聞こえていたはずなのに母が振り返ることもせず、扉を開ける手に躊躇は無かったこと。

「すぐ帰るから」

 残酷な嘘だけさよならの代わりに寄越して消えて。

 それからもう二度と彼女は戻って来なかった。

――きっと、三人の時間も永遠に戻らない。

 子どもを置いてどこかに消えてしまったのか、それとも。

 最も想像したくない結末だが、愛に生き愛に死んだのかもしれない。

 今でも玄関の扉を見て期待してしまう自分が嫌いだ。

――女は身勝手で、愛だの恋だのにすぐ浮かれて、周囲の迷惑なんて考えちゃいない。

 自分のことさえ良ければ、他はどうでもいいのだ。

――恋愛というのはそんな風な馬鹿に人をおとしめてしまう。

 親であるべき人がそんなことをして良いのか?

 子である自分の気持ちはどこに行けば良かったのか。

 何が正解で何が駄目なのか。繰り返し記憶の中の景色を浮かべては質問を投げかける。

『どうして』と『なぜ』を数億回。

 もういなくなった人と、あの時手を伸ばせなかった自分に。

 この傷は、何で癒やせばいいのだと。

 

 その人は幼い自分には世界そのもので。

 

 まさかいなくなってしまうなど、考えもつかなかった。

 

 最初からいない者ならば、まだしも。

 

 生まれ落ちてから物心つくまで側にいた絶対的な庇護者。

 

 泣いていれば見つけ出してくれるし。良いことをしたら褒めてくれる。

 

 手を伸ばせば、抱きしめてさえくれる。全てにおいて自分より秀でていて大きな存在。

 

 親というのはそういうものだと思っていた。

 

 手を引いてくれ。そうじゃないと歩けない。

 

 見ていてくれ。貴方に認識して貰えないと生きていけない。

 

 何処にも行かないでくれ。その義務が貴方には在る。

 

 そんな人を腑抜けにするのは魔性で。

 

 あまつさえ日常から奪い去るのならば裁かれるべき咎人。

 

 それはいうならば自分の世界を壊す悪であり。堕落させる感情は罪そのもの。

 

 いつまで経っても、帰ってくる音がしない扉を見つめるのを止めてから。

 

 この崩壊を齎した全てのものを憎悪した。惑わされない。きっとそれは平気で嘘を吐く。

 

 信用しない。絶対的に相容れない他人。けして堕ちたりしない。

 

 それは扉を見つめて泣いた自分への冒涜だ。自分はきっとそれが許される人間だと。

 

――思っていた。

 

 リオンは身の上を話し終えてから、どくどくと激しい動悸の音を立てる胸をさすった。ただ過去話をしただけなのに、心は素直に体に反応を示す。

――馬鹿だ、もう子どもじゃないのに。

 不幸な子ども時代だったが、恵まれていなかったわけではなかった。

 置いて行かれて身寄りが無くなった彼をシャヘルの財団は孤児として援助してくれたし、ユースティティアの街の人々が独り立ちするまでしっかりと育ててくれた。念願叶って立派な仕事にも就いている。いつまでも母親に置いて行かれたことを根に持つのがどれほど愚かなのかも自覚している。それでも。

――それでも悲しいと思った過去は消えない。

 動悸を抑える為にリオンは息を吸い、深く吐き出した。ヴァイオレットは横で静かに佇んでいる。夜風が辺りを撫でて通り過ぎ、木々がざわめいた。虫達の鳴き声が優しく響き、空には満天の星と彗星。素晴らしい夜にするような話では無かったのかもしれない。

「旦那様は、お母様がとても『大切』だったのですね」

 黙りこんでいた彼女の薔薇色の唇が突然開いた。ヴァイオレットは至極普通に喋ったが、『大切』という部分だけどこからか借りてきたような発音だった。

 うまく、言葉に実感がこもっていない。リオンは視線をヴァイオレットに向けた。

「今となっては、よく分からなくなっているがたぶんそうだった。家族だからこそ尚更、そういう風に感じたんだろう……あんた、家族は?」

「私には血の繋がった家族という者がおりません。幼い頃から軍に従事していましたし、旦那様の仰る家庭というものも……今の歳になってようやくおぼろげながら理解しつつある感覚です。ただ、子どもの時分に庇護をして下さった方はいました」

 ヴァイオレットは、この山の頂きから外へ出たことが無いリオンに海の色をした瞳を向ける。その視線は素晴らしい愛の結果だと言われたリオンの緑の髪に注がれ、何かとても荘厳なものを見るまなざしになっている。

「その人と離れて、寂しくないか?」

 問われてヴァイオレットは一瞬ぴたりと動きが止まった。瞳を何度も瞬かせ、戸惑いとも言える反応を示す。手は知らず知らずのうちにエメラルドのブローチに伸びている。

「これをいうと……ドール失格だと思われるかもしれません。ですが正直に申し上げると私には寂しい、というのがどんな気持ちなのか。悲しい、というのがどんな気持ちなのか。そして恋しい、というのがどんな気持ちなのか……自分の感情として理解出来ていないのです。どういう気持ちなのかは分かります。ただ、それが自分に生じているのかが分かりません。嘘ではありません。本当に分からないのです………………けれど、分からないだけでもしかしたら……私はいま寂しいのかもしれません」

 他の者から出た言葉なら否定したかもしれない。しかしこの不思議な女が語ると真実味はあった。美貌の自動手記人形オート・メモリーズ・ドール。まるで、身も心もドール。

 しかしリオンは彼女の話に不可解さを覚える。夜闇の中、隣に座るヴァイオレットは昼間より小さく感じる。人形じみているけれどそうではない。

 ちゃんとした人間で、毛布にくるまれた女の子だ。

「あんた、自分を役割に納め過ぎだ。自動手記人形オート・メモリーズ・ドールって言ってもあんたはれっきとした普通の女だろ。ドールじゃない。絶対、寂しいはずだ。俺でさえ一人でいると時たまそう思うぞ。ほ、ほんの時たまだけどな…………あんた、その人のことを度々思い出さないか?」

「思い出します」

「会えない日々が続くと胸のここらへんがぐっと重くなったりしないか?」

「……なります」

「会えたら、それが軽くならないか?」

 ヴァイオレットは長い睫毛を一度伏せて目を瞑った。

 彼の人のことを思い浮かべたのかもしれない。

 やがて碧の瞳を大きく見開く。

「軽くなりそうです」

 まるでちいさな子どもみたいな反応にリオンは声を出して笑ってしまった。

「ははっあんたさ、実はすごい精神年齢低いんじゃないのか? 話してるとそういう気分になるぞ」

「そうなのでしょうか……子どもだから、分からないのでしょうか」

「さあな……そんなの自分にしか分からないだろう。それであんたのその人、今どうしてる」

 ヴァイオレットは問われて、一度言葉を失った。

「……お側を離れてはいますが、私はいつもあの方の傍らにいる気持ちです」

 何か、はぐらかされたような答え方だった。

 恩人を語るヴァイオレットの口ぶりにリオンは彼女の庇護者に老人を想像する。こんな女に育てたのだから、きっと厳格な人なのだろう。

「あんたさ、もし俺と契約中に……その人が世界の果てで危険な身に陥っているって聞かされたらどうする? 行っても助けられるか分からない。死ぬかもしれない。そういう時、あんた仕事を放ってでもそいつのところにいくか?」

 少し意地悪な質問だったかもしれない。親同然のような人がそんな目に遭えば当然助けにいくだろう。それでもリオンは少し淡い期待をした。

「……」

 ヴァイオレットは目を瞬いて黙りこむ。

「悪い、悪かったよ。変なこと聞いた。答えに困らせたな」

「いいえ、そうではありません。逆です」

 ヴァイオレットは先程リオンがしていたように、胸のあたりをさすりながら答えた。

「助けに行く以外の答えが浮かばず、旦那様にどう謝罪しようかと……。任務を投げ出すのはあってはならないことですが、私はきっとあの方を助けに行ってしまうでしょう。どれだけそしりを受けようと、罰を与えられようとも。私にとって……あの方の存在はまるで世界そのもので……それが無くなるくらいなら私が死んだ方がいいのです」

 すらすらと出た返事にリオンは言葉を失い口を開けて唖然とした。

「……旦那様?」

「…………あ、いや……あんたって、そういうこと言わなさそうなのに……び、びっくりして」

「そうなのでしょうか。私は自分のことは良く分かりません」

「いや……うん……」

「……旦那様、お話中申し訳ありません。あの彗星、尾がとても大きくなっている気がします」

 言われてリオンは勢い良く首をひねって空を見上げた。

 真暗闇の世界の中に一等輝く存在が頭上にあった。幻想的な光の塊は淡く輝く光の尾を長くひきずり空を駆け抜けている。燦然さんぜんとした姿は夜の世界を壊す光の使者。あまねく世界の方々でこの彗星という存在が恐れられるのも一度目にすれば理解できる。

 呼吸を、瞬きを。恋に堕ちる瞬間と同じように忘れてしまうのだ。

 感情も時間もすべて奪ってしまう空からの怪盗。それが空の向こう側の者達の魅力。

 リオンは慌てて望遠鏡を覗き込むと、視界には待ち望んでいた姿がしかと確認出来た。

「ヴァイオレット! あんたも見ろ」

 リオンは話していたことなど忘れて彗星の美しさに興奮する。ヴァイオレットは場所を譲ってもらい、望遠鏡を覗く。無言で口が開き感嘆の吐息が漏れた。

「初めて間近で星を見ました」

「星じゃない。彗星だ! ちゃんと見てるか? 二百年に一度なんだぞ! 俺達はもう二度とあれに会うことは出来ない! 人生でたった一度きり……一度きりの出会いなんだ!」

「はい、見てます。素晴らしいです……あんなにも、綺麗なものがあるのですね」

「そうだろ! 素晴らしいだろ! だから天体研究って奴は素晴らしいんだ!」

 周囲からも笑い声やワインを開ける音が聞こえてきた。知り合い同士でもない者達が互いに彗星をたたえ合っている。

 ヴァイオレットは一度望遠鏡から目を離して、空と、そしていま自分がいる空間を見渡した。日の出前の空。静かに閉ざされた山の中。誰もがただ心から今の時間を楽しみ共有している。流れ者の自動手記人形オート・メモリーズ・ドールはその光景に弓なりに目を細めた。

「……あんた、いま笑ってるのか?」

 彗星を背景に佇むヴァイオレットは、その問いに答えずこの時ばかりは弾んだ声音で返した。

「旦那様、天体観測とはとても素敵なものですね」

 二百年に一度の夜は盛大に、そして淑やかに過ぎていった。

 

 アリー彗星天体観測を終えて昼下がり、目の下に少しばかりの隈をこさえたリオンは上司のルベリエに断ってヴァイオレットをロープウェイまで見送りに来ていた。昨日は断続的とはいえ会話が続いていたのだが今はまったくの無言となっている。ゆっくりと下からやって来るロープウェイ。それが到着すれば彼女とはきっと永遠に会わなくなるだろう。

「……」

 リオンはただひたすら胸をさすっていた。痛くてたまらないのだ。突き刺すような鈍痛がやって来ては去り、やって来ては去る。

「旦那様、荷物をありがとうございました。もう自分で持ちます」

 ヴァイオレットに催促されても、握ったトロリーバックを渡すことが出来ない。ヴァイオレットは首をかしげる。

「……あんた、あんたさ……」

 声がかすれて聞きにくい。リオンは自分の顔が赤くなっていることに気づいていた。

「……」

 自分でも何が言いたいのか分からない。

 例えば自分と彼女が男同士で、少しの友情を築けたのならばまた会いに来いと容易く言えた。

 リオンにとって、忌むべき存在であり、どうしようもなく固執してしまう存在でもある女。

 女のヴァイオレット。

 出会ってきた他の女性とは違う。抱く気持ちは最初から別の物だった。

 こんな存在との別れ方を、どうすれば良いかなんて習ってきていない。

――母さんが、いれば。さよならの仕方も学べたのか。

 何でもすぐに、母の喪失と結びつけてしまうのはリオンの悪いくせだ。

 口を開けないでいると、乗り場にロープウェイが到着してしまった。

「旦那様、どうやらもう時間のようです。短い間でしたがお世話になりました」

「あ、いや……」

 口ごもるばかりで肝心なことが言えない。

 リオンの胸中にぐるぐると様々な感情が入り乱れた。悲しい、悔しい、切ない、そして怒りとあきらめ、どこかほっとする気持ち。無言でトロリーバックを渡すと、ヴァイオレットは受け取りうやうやしく礼をする。そしてきびすを返してリオンから離れていく。

――もう、会えない。

 シルクのプリーツが音を鳴らすスカート、揺れるリボン、軽やかなブーツの音。

――もう、見れない。

 文献の中だけでしか知らない海の色の瞳、ルビーの唇、黄金の髪。

――もう、けして、会えない。

 ばたん、と閉じられた扉の後に残された過去の虚無感が今にも身体を襲う。

――もう、ここで待っているだけの自分でいたくない……!

 リオンは気がつけば乗り込む直前のヴァイオレットの肩を掴み、無理やり振り向かせていた。

「……旦那様?」

 宝石の碧眼の中には、みっともないくらいに顔を切なさで歪めた自分の姿が映っている。

「ヴァイオレット」

 肩を掴む手に自然と力が入った。ぎしりと鳴る義手の音。それが自分の心臓の音に錯覚する。

 目が合うと、高まる気持ちが萎縮してしまうがリオンは逃げなかった。

――一生に一度くらい、勇気を出せ!

 初めて心の内側に招きたくなった人は自動手記人形オート・メモリーズ・ドールで元軍人で、とびきりの美人。

 相手が悪かったかもしれない。

 でも、そんな女性だからこそ抱いてしまったのだ。

 どうしたって、口にせずにはいられない恋心を。

「ヴァイオレット、こんなこと言ったら困るのは分かってる。でも、いま言いたい」

――心臓も、気持ちも、自分自身もこのまま砕け散ってしまえ。

「好きだ」

――砕け散ってしまえ。

「あんたのことが好きになった。惚れてるって意味の好きだ」

 言わない寂しさを一生抱えるよりはずっとましなのだ。

 沈黙が二人の間を巡る。じりじりとした焦燥感と後悔がリオンの体を足元から燃やし始めた。

 困らせている。それは一目瞭然だった。

――出来るなら、嫌われないまま、別れたかった。

 これで自分もヴァイオレットがあしらった無数の男の一人の仲間入りか。

「……旦那様」

 ヴァイオレットは、不意打ちを食らった状態からゆっくりと時間を動かした。

「……旦那様……私……」

 珍しく、冷静沈着な彼女が声をつまらせる。

――どうした。振ってくれ。

 滞在中色んな男から言い寄られていた。多分、彼女なら何処へ行ってもそうなのだろう。

 いつもの冷たい調子で人形のような回答をすればいいのに。

「……わたし」

 ヴァイオレットはそれをしない。

 視線をうろちょろと動かし、リオンを見て、自分の手元を見て、それからエメラルドのブローチを握る。

 何かの存在を確認するように、ぎゅっと、握りしめる。

「私……旦那様と星を見させて頂いた時、これは何て素敵な時間なのだろうと感じました」

 声音がいつもと変わった。

「きっとそれは『楽しい』という気持ちで、私はそれを下さった旦那様に感謝しております」

 ヴァイオレット・エヴァーガーデンという女はまるで無機質な人形、物言わぬ花。

「まるで普通の娘のように接して頂いて……その、ふわふわとした心地になりました」

 感情がわからないと、自分で言ってしまう人としてどこか欠けている女。

「……けれど」

 けれど、本当はきっと、そうじゃない。

「私は旦那様を、街の男女が想い合うような気持ちでお慕いはしていません。私は旦那様が仰るように子どもで……人間として未熟で……恋を知ることが今後あるかどうかも分からない、そんな女です。ですがもしまたお会いすることがあればぜひ同じく時をご一緒したいと思っております。お慕いする気持ちが違いますが、私はそう思っています」

 ヴァイオレットは強く念押しした。

「本当です」

 リオンは嗚呼、と吐息が漏れた。深く深く、頭を垂れる。

「…………そっか」

 想像よりずっと良い断られ方だった。

 泣かずにいられるのは自尊心の高さがあってこそ。

「申し訳ありません……」

 謝られ、涙が飛び散ってしまわぬよう弱く首を振った。

「あんたは何も悪くないだろ。俺が……悪い。出発の邪魔した」

「いいえ」

「困らせた」

「いいえ、そんなことはございません。私は……きっといま」

 ヴァイオレットは何か大切なことを言おうとしていた。

 それを察して、リオンは涙の膜がうっすらと張られた瞳を無理やり彼女に注ぐ。

 ぐらつく視界の先にいる初恋の人は。

「……いま」

 そこにいる彼女は。

「とても『嬉しい』と思っているはずです」

 幼さの残る同世代の女の子の顔をしていた。

――何だよ、やっぱり感情があるんじゃないか。

 笑いたくなった。でも笑ったら涙がこぼれそうだった。

 最初から最後まで感情の変化が少ない彼女を、自分がこうまでさせた。それだけでもいいじ

ゃないか。傾いた心が、また立ち直りだす。

「ヴァイオレット」

「はい」

「俺は……俺は……、今は写本課にいるが……本当のところは父と同じ文献収集課に行きたかったんだ」

 突然、おかしなことを言い出したリオンを、ヴァイオレットは拒絶せずに話を聞く。

「ここで待っていれば、いつか母が父を連れて帰ってきてくれるんじゃないかと期待して……こんな年になるまで外の世界に出もせず閉じこもり続けた。ここはそれが可能だったし、俺はそれを望んでた。でも……いま」

 うまく回らないろれつを何とか動かしリオンは訴えかける。

「いま、決めた。俺もあんたと同じように世界を回る」

 ヴァイオレットの瞳の中の自分はちっとも格好良くない。こんな姿を女に見せていることが恥ずかしい。こんな自分、自分ではない。そう思いつつも唇は言葉を発し続ける。

「危険な目に遭うかもしれない。両親と同じように死体も見つからず命を落とすかも。でも、でも、いい。俺はその道を選ぼうと思う」

 ヴァイオレットはその言葉すべてを、漏れ無く聞き取り、受け取ってくれる。

「はい」

 真摯しんしに見つめ返してくれる彼女に、リオンの胸がきしんだ。

「……そしたら、いつかきっと、どこかの夜空の下で会うことがあるかもしれない。同じジプシー同士だ。そしたらあんた、また……」

――一緒に星を見てくれるか?

 リオンが問いかける前に、ヴァイオレットは大きく頷いた。

 

「はい、旦那様」

 

 素敵ですね、と言った時と同じ弓なりに曲線を描いた瞳。

 リオンの激しく傷んでいた胸の奥が、その笑顏とも言えない笑顏を見ただけですっと爽快な心地に変わっていった。

 もう、何も痛くなかった。

「心待ちにしております」

 何の、悲しみも生まれなくなった。

――何だ、あの時も……。

 さよならをすることは変わらなくても。

――無理矢理でもいいから、振り向いて貰えば良かった。

 自分が行動したという事実は、少なからず後悔を薄めてくれるものなのだ。

 リオンはヴァイオレットから身を離した。扉を閉める直前に、彼女が玲瓏な声で囁く。

「旦那様、私はC・H郵便社で働いております。古今東西お客様がお望みならどこでも駆けつけます。ですが人々が眠る夜の時は貴方様が言われるただの女。ヴァイオレット・エヴァーガーデンです。もし、いつかの夜、いつかの星空の下。私を見つけて下さったらぜひ声をお掛け下さい。それまでに、少し星の名前を覚えておきます」

 ばたん、と扉が閉まる音がしてすぐにロープウェイは下降を始めた。リオンは胸に添えていた手を宙に浮かべ、ぎこちなく手を振る。するとヴァイオレットも小さく振り返してくれた。

 もう豆粒の姿にすら見えなくなってからリオンはようやくロープウェイ乗り場から足を剥がして職場へと向き直した。

「……」

 無言で歩きながら考える。

 今日の午後には代わりの自動手記人形オート・メモリーズ・ドールが来るだろう。仕事は山積みだ。すぐには異勤願いも通らない。そもそも外の世界に出たところで、ヴァイオレットが言うように、自分が望むように、偶然どこかで再会するなんてことは天文学的な確率だ。

 二百年に一度の彗星に巡り会えるくらい、とても稀なこと。

「……」

 それでもリオンは絶望を感じなかった。気持ちはずっと高揚していた。もう誰かの背中に、扉を閉める音に嫌悪感を抱くことは無いだろう。それはすべて、いま一つの約束をしてくれた女が打ち消してくれたのだ。

 

 

 

 

 それから時を隔てたとある夜の、とある星空の下。

 名も知れぬ砂漠の土地で、放浪の学者は月の光に煌めく金糸の髪の持ち主を見つける。

 躊躇いつつも声をかけると、その人は振り向いてから玲瓏な声音で囁いた。

「お久しぶりです」

 この日を夢見て、再び会えたのならどんなことを話そうかとずっと考えていた。

 雲ひとつ無い夜空ならばそのありのままの美しさの話を。

 雨の日ならば星座にまつわる神話の話を。

 二百年に一度の彗星が降るような日であれば、二人で空を見上げた過去の話を。

 それがどれほど先のことであろうと、どれほど自分が変わっていようとその人に感じた気持ちはきっと色褪せないだろうと分かっていた。

「星の名前、少しは覚えたか?」

 出てきた言葉は、こう言おうと思っていた台詞とは違ったけれどその人は嬉しそうに頷いた。

 嘘偽り無い自然のままの表情で。

 感情が分からないと言っていたその人が自分に嬉しそうに頷いた。

 ただそれだけのことだったが、胸の奥からたまらなく愛おしい気持ちと、狂おしい程の切なさが溢れだした。

「ヴァイオレット、あんたさ」

 リオンは人差し指を天へと向ける。

 砂漠の夜空には、再会の日にふさわしく煌々と光の宝石が散りばめられていた。

――まだ好きだとか、そういうのは置いておいて。

 今はとりあえず。

「時間があるなら、一緒に過ごさないか」

 

 貴女と星空を。

文庫『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』刊行10周年を記念し、エピソードをセレクトして期間限定で無料公開中。1月から12月にかけて、【毎月第4金曜日】に公開エピソードを切り替え! シリーズ全4巻に収録されているうちの約半分のエピソードをお楽しみいただけます。
ぜひこの機会に『ヴァイオレット』を読んでみてくださいね!

KAエスマ文庫『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』シリーズ刊行10周年記念企画特設ページ
https://www.kyotoanimation.co.jp/books/violet/special/10th/